〜ピエロのお話:後編〜


男は彼女を得るために自分にとって一番「価値」がある、欲しいモノを考えた。
答えは実に簡単。金だ、使い切れぬほどの大金、男の欲しいものはソレだった。
男は彼女の「心」を得るために大きなバクチを思いつく、自分の所属する組合、
カネに集まりカネを集める集まり。

巨大な「家族(ファミリー)」の「たからもの」

それを彼女に持って行けばきっと彼女の「心」は自分のものになる。
しかし、男は知らなかった。彼女の「心」は誰かに寄せられるほど
成長していないことに。

一人の道化は踊りだす、実に間抜けに滑稽に。
計画を立て、すぐに実行に移す。内容は至極簡単、「金庫の鍵を盗み、中身をいただく。」
保険をかけておくことにする、危険にかわることもあるが。
ボスは鍵を身に付けて行動する、男はいつもどおりに「仕事」をスる。簡単だ。
暗がりに紛れて「家族」のカネを袋に詰める、詰める、詰める。簡単だ。
もちろん、マヌケを泳がせて捕まえることなんてのも・・・簡単だ。

男は自分が罠にハメられたことに気がついた、ソレはとても簡単な理由から。
目の前のドアを開け最初に聞いた言葉が

「彼女へのプレゼントは十分か?」

ボスとその周りに群がるやつら、こんな時まで”カネに集まる”とは勤勉な精神だ。
けれども、見つかったときのことを何も考えていなかったわけではない



男は持っておいた『ホイッスル』を思い切り吹き鳴らす・・・それは街の自警団が
使っているものと同じものだった、ちょっと「借りて」来たのだ。
この街の自警団は実に優秀である、なにせ「チンピラ」が道に粗相をしただけで駆けつけて
ボコボコにのしたあと「罰金」を巻き上げる、正義感に溢れる頼もしい「チンピラ」たちだ。
聞き慣れた音に動揺が走り、その一瞬を逃さず華麗に逃げ出す、




事など出来るわけも無く、もみくちゃにされながらなんとか包囲を振り切る。
アレだけ囲まれていたわりには足、わき腹、袋、左腕の4箇所しかナイフで刺されていない、
実に幸運だが致命傷である。深く裂かれた左腕はもう使い物にならないだろう。
優秀な「チンピラ」が足止めをしていくれている間に、何とか隠れ家に逃げ込みたいが
優秀な「チンピラ」は自分のことも追いかけてくる、血まみれなので親切心からだろう
が、迷惑だ、ほっといてくれ。

  走る、走る。漆黒の街を。澄んだ音が暗がりに吸い込まれる、その音を頼りに足音が迫る。音が響く、音が迫る。音が無くなり、音が無くなる。
どこまで走ったのか、男にはもう分からなくなっていた。男は倒れこみ、手に持った「布きれ」で体を包む。しばらく男を静寂が包む。
ふわりとまるで舞い降りたかのように、やさしい足取りで近づく影。凛とした影は語りかける、
「アナタが一番欲しかったモノ、みつかったの?」

道化は語る
「ホラ、見てくれこの袋を、これが俺の欲しかったものだよ。」

袋には金貨の一枚も入ってはいないことに、男は気づく力さえもなかった。男の袋が包むのは
血を撒き散らし、カネを撒き散らした自分自身だけだった。


影はそんな男にやさしく声を返す
「アナタは”アナタ”がほしかったのね。ワタシも同じ、”ワタシ”がほしいの。」

男はなにもうまく理解はできていなかったが、彼女が満足していることだけはわかった。
影が手を伸ばすと、その手のひらの上にに仄かに何とも言えない色に輝く「羽」が浮かんでいた。


影は語る
「コレはアナタがくれた物語、この羽はワタシの翼になって”ワタシ”を作っていく、
あなたの知っているおとぎ話もワタシが見て、聞いてきた”ワタシ”を作るもの。」

すると「羽」は黒い翼に溶け込むように吸い込まれていった、赤や青、すべての色を混ぜると黒に帰結するように。

少女は語る 
「お礼にアナタを好きなお話に連れて行ってあげる。ワタシの翼は空を飛べないけれど、もっと違う飛び方ができるの。」

少女が”翼”を広げると男は目の前の世界が閉じていくのを感じた、それは男の物語の終わりではない。


ただこの物語が終わりを告げただけである。男がどうなったか、”ソレはまた別の物語”。


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